2008-01-01から1年間の記事一覧

魔王

『魔王』 枯れ果てた谷底に巨大な火トカゲの姿を認めたのは、そろそろ陽も暮れようかという時分だった。一人きりの従者に荷と背後を守らせ、俺は急斜面を駆け下った。火トカゲは若い女を襲っていた。滅多なことでは人里までは降りてこないが、この高原地帯で…

鬼頭魚

『鬼頭魚』 餌を付けるのも馬鹿らしくなる釣果だった。イソメだけでカレイとセイゴが面白いようにかかった。俺は形の良いセイゴを残し、あとは海に放った。 そろそろ午後二時も過ぎる。腹も減った。寒空の中、人気のない突堤でセイゴを三枚に下ろし、暖をと…

ドラゴンフライの空

『ドラゴンフライの空』 「ルート66には古き良きアメリカがまだ陽炎のように残っている」 新兵の頃、そんなことを俺に言って聞かせた奴がいた。すでに戦死し名前も忘れたが、アメリカのえらく田舎から出てきていたことだけはまだ覚えている。その旧国道ルー…

絆創膏同盟

『絆創膏同盟』 「なあ、日曜日の試合勝ったぜ」 そう言いながら、リョウがテーブルごしにスネを蹴ってきた。立て付けが悪いマクドナルドのテーブルが揺れる。 「勝ったって空手か」 照れ隠しなのか、さかんにスネを狙ってくるリョウをかわしながら僕はこた…

二人の食卓

『二人の食卓』 1DKのキッチンから、千夏の小さな悲鳴とともに盛大に何かをひっくり返す音が聞こえた。 「大丈夫か!?」 眺めていた雑誌を放り出し、浩紀は急いでのぞき込む。水びたしの床にはパスタ鍋が転がり、半泣きの千夏が座りこんでいた。 「火傷…

電車のムンク

『電車のムンク』 『ぶっ殺す』 簡潔で過激な文字が目に飛び込んだ。ノートPCの液晶画面から躍り出て、まるでそこだけ輪郭が強調されたかのように感じられた。鼻白み、PCのタッチパッドを滑る指先が止まった。 ブログのコメント欄に表示された時刻は二十分前…