魔王

『魔王』



 枯れ果てた谷底に巨大な火トカゲの姿を認めたのは、そろそろ陽も暮れようかという時分だった。一人きりの従者に荷と背後を守らせ、俺は急斜面を駆け下った。火トカゲは若い女を襲っていた。滅多なことでは人里までは降りてこないが、この高原地帯では人間族の天敵の一つだった。
 近寄って、崖際のくぼみに追い詰められていたのは穴小人の女だった。独特の様式がある髪の結い上げ方と、毛皮を多用した衣装でそれとわかる。人間族の娘のような風貌だが、その倍以上の寿命を持つ穴小人の年齢は見かけでは推し量れないところがある。
 ともあれ、火トカゲの背後を取った俺に、女もトカゲも気がついていないようだった。片方は恐怖のあまり頭を抱えてうずくまっており、片方は目先の獲物に気を取られて周囲に対する警戒を怠っているようだった。事実、体高が大人の腰ほどもあるこの巨大な爬虫類にとって、留意すべき敵などはまずいないのだった。
 通常、人が火トカゲを狩る際は、鉄で編んだ鈎付きロープを用い数人がかりで取り押さえる。しかし、身の危険を顧みないのならば、急所を突くというやり方もある。俺は腰にはいた剣を抜き、今まさに娘に噛み付こうとした口を狙った。火トカゲの無表情な目に、黒い皮鎧に身を包んだ己の姿が映った。
 火トカゲの急所は頸の付け根だ。ただし、その周囲は鋼の剣すら容易に通さない紅く固い鱗に覆われている。唯一、顎の下、白くぶよぶよとした箇所からのみ、急所を容易に切り裂けるのだった。
 姿勢を低くした俺は剣を逆手に持ち替え、火トカゲの顎の下に滑り込むと一気に剣を突き上げた。鮮血が吹き出し体を赤く染める。剣をさらに一段奥へ差し込むと、腱を断ち切るような感触があった。四肢を震わせ、そのままの姿勢でこの巨大な四足獣は絶命していた。剣を引き抜くと、だらりと火トカゲの躰は伸びた。
「あ……りがとう……ございます」
 いつまでも襲いかかってこない火トカゲの牙に、おそるおそる目を開けた穴小人の女は事情を察したらしい。すっかり腰を抜かしているのか、しどけない姿勢のままで俺に声をかけてきた。火トカゲの血を浴びた凄惨な格好で、剣の血糊を拭っていた俺はこたえる。
「なに、お前の為にしたことではない」まだ目線を合わせず俺は呟いた。
「俺の都合でしたまでのことだ」
 剣を地面に置き、穴小人の女に近寄る。背丈は人間族の子供ほどしかないが、その体は充分に成熟していることが見て取れた。従者が背後に追いついた。俺は皮鎧を外しながら女の前に立った。女の目にわずかな怯えの色が見える。女の視点に合わせて身をかがめながら静かに告げる。
「俺の名はグレンディン。魔王と人間族の母の間に生まれた不義の子だ」
 俺は女の口を手で塞ぐと、そのまま地に押し倒した。女はあらがうような素振りを見せたが恐怖のためか為されるがままだ。女を組み伏せ荒々しく衣服を剥ぐ。大人でも人間族の少女のような姿態。
 下腹部へと手を回すと体毛が濃い。しかしベルベットのような手触りが劣情を誘う。火トカゲに襲われた際に漏らしたのか、秘部はしっとりと濡れていた。体毛の間から赤く覗く一点に俺は欲望を突き入れた。破瓜の血が流れる。
「娘よ、俺の子を身籠もれ。そして父の名を言い聞かせろ。魔族への恨みを忘れるな」
 呪いの言葉を言い聞かせながら、俺は自らの子らが己と父である魔王を討ち滅ぼす日を夢想した。穴小人の娘の目に確かな憎しみの色を見て取った時、満足とともに俺は果てた。
「あのままでいいのですか」従者が控えめに問いかける。
 穴小人の娘をそのまま置き去りにし、俺達はその場を立ち去った。
「すぐそばまで仲間が来ていた。ただ火トカゲに手を出せなかっただけだ」
 火トカゲをそのままにしておいたのは彼らに対する見返りの意味もあった。固く赤い火トカゲの鱗は市場で高く取引される。
 娘は仲間に助け出され、俺を憎むだろう。その確かな感触が今の俺に生を感じさせた。