帰路

『帰路』



 予備校から外に出ると、思った以上に外気は冷え込んでいた。
 十一月に入ると日の入りは急速に早くなり、授業から解放される頃にはすっかり暗くなっている。
「今日はゲーセンどうする?」
 タカキに声をかけたが返事がない。
「なあ、ゲーセン寄らないのかよ」
 背の高いタカキに向かって顔を上げ、語気を強める。
「……あぁ、今日はパス」
「じゃあ、オレもいいわ」
 そのまま二人で黙々と歩く。
 駅に向かう道はちょっとした繁華街になっていて、街頭のイルミネーションが、零下に近づいた空気に比例するかのように輝きを増していた。
 と、不意にタカキがオレの肩を抱き寄せた。ふざけているのかと思いきや、そのまま体を密着させて歩く羽目になった。
「ちょ、何だよ!」
 タカキの手を振り払い、前へ回り込む。
「あ、ヒロか! スマン」
 突然オレが現れでもしたかのような表情でタカキが謝る。
「てめえ、さては彼女とでも勘違いしたんだろう」
「うぅ、ゴメン。サキと肩の位置が同じくらいなもんだから、つい」
 オレは一度だけ会ったことのある、短大生の彼女の姿を思い浮かべた。顔はあまり覚えていない。背の高さは確かにオレと同じくらいだった。
「呆けてるんじゃないよ、バカ」
 笑って冷やかすつもりが、苛ついた声になった。突然沸いた胸が締め付けられるような怒りを、自分でも抑えきれなかった。
「怒ってんのか?」
「んなわけ無いだろ」
「そうか」
 再び訪れた沈黙は気まずい雰囲気となった。
 タカキの顔をのぞき見るが、考え事をしているような表情から感情は読めなかった。
「なあ、頼みがあるんだけど」
 しばらくして、唐突にタカキが切り出す。
「なんだよ」
「今度の日曜、お前の寮の部屋貸してくれないか」
「別に……いいけど、なんだよ」
「ほら、お前の所、女の子入れてもお咎め無しだろ。ホテル代もかさんでさ……」
 瞬間、二人がベッドを使っている光景を想像して、一気に頭に血が上った。
「ざけんな。童貞なめんな」
 じろりとにらみ、言い捨てて進行方向を見据えた。
 怒りというより、息苦しいような切ない気持ちになった。自分の不寛容に理由をつけられないまま、オレは早足で歩いた。タカキが追いすがる声が聞こえた。