空殻のテーミス

1. 空殻「くうかく」と読ませるが本来の読みは「あきがら」。中身のない貝殻、肉のない貝殻の意。転じてからになっていて、中に何もないこと。 2. テーミスギリシア神話の法・掟の女神。 1 あの大雪の日からちょうど半年がたった。そのときも自分はここにい…

プロット『恋ガチャのレアリティ~無星少女と悪運憑きの純愛確率~』

●タイトル案『恋ガチャのレアリティ~無星少女と悪運憑きの純愛確率~』 ●ログライン超悪運の少年が異世界転生後ツキを呼ぶスキルを得たものの扱いに苦労し、試行錯誤の末に自分の人生を肯定することと周囲からの好意を素直に受け取ることを学び、赤い糸で結…

ファフロツキーズ!

『ファフロツキーズ!』 俺たちは不機嫌だった。野良犬のように腹を空かしていた。 ハンドルを握る友人はセブンスターをふかしながら、延々と続く一本道を時速八十キロで流している。ドライブの始めにたんまりガソリンを食わせた中古のスターレットのエンジ…

起き抜けのガンナー

『起き抜けのガンナー』 一昨日までの私には思いも寄らないことだった。昨日仕事を馘(くび)になった。 習慣で起床時間の数分前には目覚めていた。いつものように静かに目覚まし時計のアラームを止める。 枕に頭を預けたまま、目を瞑ると昨日の情景がよみが…

帰路

『帰路』 予備校から外に出ると、思った以上に外気は冷え込んでいた。 十一月に入ると日の入りは急速に早くなり、授業から解放される頃にはすっかり暗くなっている。 「今日はゲーセンどうする?」 タカキに声をかけたが返事がない。 「なあ、ゲーセン寄らな…

魔王

『魔王』 枯れ果てた谷底に巨大な火トカゲの姿を認めたのは、そろそろ陽も暮れようかという時分だった。一人きりの従者に荷と背後を守らせ、俺は急斜面を駆け下った。火トカゲは若い女を襲っていた。滅多なことでは人里までは降りてこないが、この高原地帯で…

鬼頭魚

『鬼頭魚』 餌を付けるのも馬鹿らしくなる釣果だった。イソメだけでカレイとセイゴが面白いようにかかった。俺は形の良いセイゴを残し、あとは海に放った。 そろそろ午後二時も過ぎる。腹も減った。寒空の中、人気のない突堤でセイゴを三枚に下ろし、暖をと…

ドラゴンフライの空

『ドラゴンフライの空』 「ルート66には古き良きアメリカがまだ陽炎のように残っている」 新兵の頃、そんなことを俺に言って聞かせた奴がいた。すでに戦死し名前も忘れたが、アメリカのえらく田舎から出てきていたことだけはまだ覚えている。その旧国道ルー…

絆創膏同盟

『絆創膏同盟』 「なあ、日曜日の試合勝ったぜ」 そう言いながら、リョウがテーブルごしにスネを蹴ってきた。立て付けが悪いマクドナルドのテーブルが揺れる。 「勝ったって空手か」 照れ隠しなのか、さかんにスネを狙ってくるリョウをかわしながら僕はこた…

二人の食卓

『二人の食卓』 1DKのキッチンから、千夏の小さな悲鳴とともに盛大に何かをひっくり返す音が聞こえた。 「大丈夫か!?」 眺めていた雑誌を放り出し、浩紀は急いでのぞき込む。水びたしの床にはパスタ鍋が転がり、半泣きの千夏が座りこんでいた。 「火傷…

電車のムンク

『電車のムンク』 『ぶっ殺す』 簡潔で過激な文字が目に飛び込んだ。ノートPCの液晶画面から躍り出て、まるでそこだけ輪郭が強調されたかのように感じられた。鼻白み、PCのタッチパッドを滑る指先が止まった。 ブログのコメント欄に表示された時刻は二十分前…

リハビリ

『リハビリ』 視界の片隅がチカッとまたたいた瞬間、俺の全身は千度の火炎に包まれていた。テロリストどもが最近使い始めた、燃焼剤入りのカクテルボムだ。外気から閉鎖された地下道でこれを使われたら、首都警の重ジャケットでも耐えられない。まず酸欠で脳…

遺品

『遺品』 to:高野均巡査部長どの from:柏木涼子 title:メモリ解析の件 date:2035年5月28日9時32分 先日依頼いただいた携帯メモリの解析結果ができましたのでお送りします。このメールに添付したホロデータをお手持ちのデッキにて展開してください。できれば…

渡り

『渡り』 「胸の上で両手を組んだまま眠ると悪い夢を引き寄せる」 そう言ったのは祖母だったろうか。それとも夏休みで祖父母の家に遊びに来ていた、三つ年上の従姉だったろうか。 その晩十歳のぼくは興味に駆られて手を組んだまま眠りについた。その時の夢は…

挿話:アザーサイド

『挿話:アザーサイド』 「やるきがおきない」 実験体三十二号に直結しているスピーカーが響いた。生まれて初めてしゃべった言葉がそれだった。 「安曇野センセ、どうしましょ」 オペレーターの滝本エレクトラは生来ののんびりとした口調で言った。振り向き…

雨の合間に

『雨の合間に』 小さな水滴が杏子(きょうこ)の鼻にぽつんとあたった。 低く雲のたれこめた空を見て、共用ガレージから出してきたばかりの自転車をしまい、傘を差して歩いていこうかとちらと思う。 ままよ、とペダルを踏んだのは今朝の天気予報が午後からは…

序章:旅立ちの定め

『序章:旅立ちの定め』 新月の夜、通り雨のあった森の空気は艶やかに湿っている。雲にさえぎられ星も照らさない闇の中、藪の向こうに息づく獣たちの気配をその鋭敏な耳でジジーは聴いた。 柔らかな和毛(にこげ)に覆われた彼女の脚は、俊敏に山道を踏み分…

常識について

『常識について』 近所の青果店が最近のぼくらのお気に入りだ。 市場で買い付けてきた野菜や果物を、箱のまま開けて売っているような店だ。それだけに価格はびっくりするくらい安い。店舗自体も露店に補強してあるだけに見えるが、奥行きは結構ある。 「台湾…

ジレンマ

『ジレンマ』 「……ぅえっくしゅん」 中途半端にくしゃみを我慢していたら妙な感じの音になった。 隣の席の小川恵が心配そうな顔でぼくをのぞきこむ。 むずむずする鼻を左手で押さえ、空いた手で大丈夫と手を振った。 世界史の北岡はこの小さな騒動には気がつ…

公園の空

『公園の空』 五月の夕暮れは日が長い。定時過ぎに会社をひけたぼくは、この街を縦断している公園のベンチに沈み込んでいた。ビジネス街と繁華街を繋ぐこの公園は、帰りを急ぐ勤め人や買い物客で賑わっている。 夕日は公園を挟むようにしてそびえるビルに遮…

伝説と憂鬱

『伝説と憂鬱』 伝説というのは伝聞によって作られるのではないかと佳澄は思う。伝説の主人公は聖人でも英雄でもなく、ただその場に居合わせて彼らなりの立場をまっとうしただけなのだ。事実なんて本当はたいしたことじゃない。聞き手が物語を勝手に作ってい…

モンスター・デイドリーム

『モンスター・デイドリーム』 妹のミキがテレビをつけた。ヘリコプターから空撮されたとおぼしき映像には、十数階建ての高層マンションが紙くずのように潰されていく様がとらえられている。ヒステリックな実況レポーターの声が映像にかぶさる。 「消せよテ…

よんどしー

『よんどしー』 「あぅうー」と彼女がつぶやいた。 「何語?」 彼女はこたえず、上を向いて酸素の足りない金魚みたいに口をぱくぱくと開けた。 ぼくも見上げた。四月の少しかすみがかった空。 高層マンションと雑居ビルの建て込んだこのあたりでは空は狭い。…

紙の上にしか存在しない私は

『紙の上にしか存在しない私は』 「紙の上にしか存在しない私は」とタイプして手を止めた。 紙の上にしか存在しない私は、紙の上にしか存在しないキーボードの上にテキストをタイプする。紙の上にしか存在しない私が書いたものと、いまここでタイプしている…

卓上の物体について

『卓上の物体について』 半透明で艶やかで軽い。 それは一見何かを刺すスティックの様な形状をしていた。 片方の先端が滑らかなカーブを描き、錐(きり)の様にすぼまっている。その先には金属の針が取り付けられているようだ。 プラスチックとおぼしき本体…

ヒトリトフタリ

『ヒトリトフタリ』 私がベランダから空を見上げると雹(ひょう)が降っていた。 アパートのトタン屋根にパララララという乾いた打撃音が響く。 私は以前友人宅で見せられたビデオの、ナチス党の宣伝映画を思い出した。 機関銃の音というのは意外と軽いもの…

妹の力

『妹の力』 「わたしの妹になって」 校庭のすみ、ジャングルジムを背にしたぼくに彼女はそう切り出した。 ハヤシミドリはぼくよりも頭一つ背が高い。ぼくは小学四年生でミドリは六年だから当然のことだ。しかもミドリは同級生と並んでいても目立つ長身だった…

月と二人とやさしい嘘

『月と二人とやさしい嘘』 一 「おまえにピッタリの娘を紹介してやるよ」 唐突に西野は言った。 西野はカオルの右腕をつかむと、軽々と引き上げた。 金曜日の放課後。部室棟へ向かう渡り廊下。暦の上では春とはいえまだリノリウム敷きの床は冷たい。 不意に…

ニワカドリ

『ニワカドリ』 薄い壁がどんと鳴った。手にしていたコップの中の水に波紋が立つ。窓から差し込む朝日を受け室内に埃が舞うのが見えた。 隣室の太田の野太い唸り声が聞こえる。またニワトリと格闘しているのだろう。僕は日課の長い歯磨きの手を休めることな…

マクドナルド式

『マクドナルド式』 篠木悠は人造人間である。彼ばかりではなく家族全員が人間ではない。しかし、このことを知っているのは悠一人である。 クルマで二十分の巨大なショッピングセンターは、夕暮れを待ってこの片田舎の隅々から人間をかき集めてきたかのよう…