絆創膏同盟

『絆創膏同盟』



「なあ、日曜日の試合勝ったぜ」
 そう言いながら、リョウがテーブルごしにスネを蹴ってきた。立て付けが悪いマクドナルドのテーブルが揺れる。
「勝ったって空手か」
 照れ隠しなのか、さかんにスネを狙ってくるリョウをかわしながら僕はこたえた。
「ああ、中二組手で優勝。やっぱジンクスってやつだな」
「おまえ、万年準優勝だって言ってたものな。……じゃあ」
 半立ちになり、まだふざけているリョウをこづいてから僕は左手を差し出した。リョウもテーブルに肘をつけたまま左手を前に出す。僕が腰を下ろすと、ちょうど腕相撲のような体勢になった。そのまま互いに右手を差し出し、相手の左手の甲に貼った絆創膏を剥がす。僕のその部分の肌にはRとブルーのボールペンで書かれている。
「サンキュー、シン」
 絆創膏をヒラヒラさせながらリョウが言う。リョウの手の甲には“慎”と僕の名前の頭が書いてある。
「やっぱ、シンとの同盟は効くな。なんてーの、心頭滅却するというか。技が冴える」
「シンちゃんの浮世離れしたキャラが生きてるんだよねー」
 なんとなく失礼な事を言いながら、ポテトとシェイクを手にしたサエが割り込んでくる。誰にも優しくて面倒見のいいサエだが、溶けかけたシェイクをポテトですくいながら食べる趣味だけは同意できない。
 サエの右肘にも絆創膏が貼られている。僕の隣でさかんにケータイをいじっているアキが昨日貼ったものだ。願いは今週発売のライブチケットを必ず手に入れる、だ。
 この絆創膏を使った遊びは、いつもこの店に集まる仲間内で始めたものだ。願いを一つ相手に話し、体のどこかにマークを書いてもらい絆創膏で隠す。同様に自分も聞き届けてくれた相手の同じ箇所にマークを書いて絆創膏を貼る。互いの絆創膏が剥がれなければ、その期間内に願いがかなうというジンクスだ。
「そういやその額の奴、新しいな」
 僕の額を指してリョウが言う。
「あ、リョウくん昨日いなかったものね。ハルコとの同盟でしょ。それなんのお願い?」
 入院している姉との面会でハルコは今日学校を休んでいた。いつものことだ。
 同盟の内容は仲間内にしか教えないルールになっている。そういえばこの絆創膏を交わしたとき、サエは電話、アキはトイレか何かでこの店の席を外していた。
「それがあまりハッキリしない話でさ」
 話しはじめた途端、それまでケータイに没頭していたアキがいきなり背をそらせつぶやいた。
「うわ……マジ」
 イヤフォンを外し、アキが向き直る。放心したような表情だったが目が笑っていなかった。
「ちょっと、コレ見て!」
 そのまま僕らの方にケータイのテレビ画面を差し出す。そこには、よく顔を見る政治家が見える。政府特別放送、という見慣れないテロップが目に入った。
「総理大臣よね、このヒト。どうしたの」
 いつもののんびりした口調でサエがたずねる。
 アキの大人びた顔には、これまで見たことがないような険しさが満ちていた。学年一の秀才で、校内ではいけ好かない態度を取るヤツだったが、仲間内ではよく笑顔を見せる。でも、こんな厳しい表情ははじめて見た。
「私もよく理解できないんだけど……地球に衝突するコースの隕石が『突然発見された』って」
 その言葉が合図にでもなったかのように、途端に周囲の客席からケータイの着信音が響きはじめた。大人達が動揺した口調で会話をしている。話しながら出口を急ぐ人もいる。
「で、なにが大変なの?」
 腑に落ちない表情でサエが聞いている。リョウは学校は休みになるのかと嬉しげな口調だ。アキは今の天文学では有りえないことだとかなんとか、ややキレかけた口調で説明している。
 その時、僕のケータイに着信があった。メールだ。無意識の動作でケータイを開く。差出人はハルコ。
『願いがかないました。これから家族全員で長野のおばあちゃんの家に旅行です』
 そうだった。ハルコの願いは「死ぬまでずっと家族が一緒にいられますように」だった。額の絆創膏がむず痒い気がした。