ファフロツキーズ!

ファフロツキーズ!』



 俺たちは不機嫌だった。野良犬のように腹を空かしていた。
 ハンドルを握る友人はセブンスターをふかしながら、延々と続く一本道を時速八十キロで流している。ドライブの始めにたんまりガソリンを食わせた中古のスターレットのエンジンはすこぶる快調だ。古いカーステレオの音の割れたスピーカーからは、乾いた音声が車内を満たしている。
 左手に日本海、右手に切り立った崖。日本最北端を目指す国道232号線の単調な光景は脳髄を麻痺させる。交通信号のない道がもう数十キロは続いていた。
「さっきの町でなにか食っておくんだったな」
「ああ」と俺がひねり出した声は切実な響きをともなった。
 ところどころにドライブインやみやげ屋が見えるが、ことごとく店仕舞いしている。オフシーズンの日曜昼下がり、ドライバー相手に商売をしようという者はいないようだった。
 とにかくなにか腹に収めたかった。普段の生活で徒歩圏内にコンビニがいくらもある有り難さが身に染みた。
「マナでも降ってこないものかね」ふと口をついた。
「聖書の話か」
「そう、空から降ってくる甘露」
「どんなもんだろう」
「カルメ焼きみたいなもんじゃないかな」
 俺の適当なこたえに、我が友人は大きくうなずいている。
「降ってくるといえば」友人は煙草をもみ消すと言った。
「蛙の雨が降る理由を知っているか?」
 たまに外信が伝える奇妙なニュース。豪雨が明けると地面には新鮮な魚や生きている蛙、巨大な氷塊などが散乱しているという。
「蛙ってのは湿った場所に棲むだろう。それが雨が降らない日が続くと、泥の中に穴を掘って土の中に隠れてしまう。それが久しぶりの雨で一斉に這い出してくるから、雨上がりの水たまりには蛙がゴロゴロしてるってわけさ」
 胡散臭い話だとは思ったが、反論するのも面倒くさかった。
「じゃあ、魚は? 降るのは蛙ばかりじゃないだろう」
「ああ、魚か……」
 友人は新しい煙草を口にくわえると、火をつけず頭の振りでBGMのリズムを取っている。こういう時は何も考えていないか、せいぜいくだらないことを考えているだけだと俺は知っていた。
「やっぱり竜巻じゃないかな」俺は言った。
「竜巻が海や池から水ごと魚を吸い上げて陸地に落とすのさ」
「アレみたいにか」
 友人がアゴで海の方を指した。驚くべき事にクルマに併走するようにして竜巻が迫ってきていた。巨大な竜巻は浜辺の簡便な建築物を破壊し巻き上げ、猛然とこちらを追ってくる。
「ちょっと、お前、いつから気づいていた!」
「いまさっき」
 友人はアクセルを踏めるだけ踏んでいるが、このクルマでは出せるスピードにも限界がある。あえなくクルマごと竜巻に巻きこまれた。車輪が宙に浮く嫌な感覚。
「うわーっ!」


 気がつくとガードレールに横付けするようにしてクルマは停止していた。奇跡的に二人とも怪我は無かった。
 俺はシートベルトを外すとふらふらと外に出た。竜巻は一向に衰える気配はなく、すでに遥か先を猛進していた。
「やれやれ、助かったな」
 友人も憔悴した顔で外に出てくる。腰のポケットを探りライターを出すと、咥え煙草に火をつけた。と、何か軽い物がクルマのボンネットに当たり跳ね返ってきた。手元に落ちたそれを拾い上げる。洗濯挟み。友人と顔を見合わせる。
 途端にザーッという音とともに何かが降ってきた。魚。カレイの干物に洗濯挟み。友人が言った。「そういや通り過ぎた漁村で干してたな」
 ああ、主は我らに糧を与え給いき。