伝説と憂鬱

『伝説と憂鬱』



 伝説というのは伝聞によって作られるのではないかと佳澄は思う。伝説の主人公は聖人でも英雄でもなく、ただその場に居合わせて彼らなりの立場をまっとうしただけなのだ。事実なんて本当はたいしたことじゃない。聞き手が物語を勝手に作っていくのだ。


 ラグビー部の芝山透と出くわしたのは偶然だった。佳澄と透は幼なじみだ。いや、だったというべきかもしれない。小学校にあがるころに透の一家は佳澄の住む公団住宅から新築のマンションに越していった。
 駅前のショッピングモールで会ったのが偶然なら、同じ高校に進学したのも偶然だった。佳澄は母から聞くまで透のことなど忘れていた。なんでも中学のころからラグビーを始め、全国でも強豪校である(らしい)この高校に特待生扱いで入学したそうだ。佳澄のほうは偏差値と自宅からの距離を勘案して学校を決めただけだが。
 そんなわけで十年ぶりに会った透は、一六歳にして身長一八〇センチ、腕周りなど佳澄のウェストほどもありそうな大男に成長していた。
「またずいぶんと育ったものね」
 幼なじみを見つけて嬉しそうに声をかけてきた透に、佳澄は率直な感想を述べた。
「ひどいよカスミちゃん。久しぶりに会ったのに」
 透の泣きそうな笑い顔は昔と変わらなかった。ある種の大型犬に似てて愛嬌がある。
 連れ立っていた透の部活仲間の提案で、ショッピングモール内の喫茶店へ入った。ラグビー部は意外と女の子にもてるらしい。なかなかスマートな誘いかたに佳澄は少し感心した。


「……で、あれがラグビー部の芝山にフードバトルで圧勝したって女だろ」
 教室の出入り口から興味深げに自分の席をのぞきこむ視線と、少しも内緒話になっていない会話を極力無視して佳澄はクラスメートとのおしゃべりに熱中するふりをする。だから透など昔から格好だけなのだ。たかが超巨艦スペシャルトッピングフルーツ満載ジャンボパフェ、名付けて「空中楼閣」を食べきれないで女子が勤まるかというのだ。
 はからずも伝説の有名人となってしまった自分の境遇を嘆いて、佳澄はこっそりため息をついた。